いいなあ。白黒のサイレント映画(無声映画)です。
1回観て、もう1回観たくなって2回目、そして、3回目と3回連続で観ました。
活弁入りバージョンではなく、無音バージョンで。
音楽も台詞の声も効果音も無いまったくの無音映画です。
時々画面に差し挟まれる文字での台詞。
この台詞の日本語が美しい。
物語は十分理解できます。
1932年(昭和7年)公開の映画。
89年前の現代劇。
映画って素晴らしいなあ。
89年前のその時にそれぞれの歳で生きている人々の物語を観ることができる。
映画「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」
公開:1932年
監督:小津安二郎
原作:ゼェームス・槇(小津安二郎のペンネーム)
感想です。
郊外に引っ越してきた一家。新居へ家財道具を搬入している時に、たまたま通りがかった酒屋の小僧新公が「酒屋でございます どうぞ一つ御ひいきに ……」とあいさつに来ます。その時に応対したのが次男啓二。酒屋の年上のあんちゃんに変顔で応えます。それに怒った酒屋の小僧新公が持っていた知恵の輪を餌に啓二を呼び寄せ頭をポカリ。泣いてしまった啓二をなだめるため持っていた知恵の輪を啓二にあげてなだめます。この二人はこのように出会うのですが、その後のかかわりが良いのです。微笑ましかったなあ。
長靴の悪童、ガキ大将の亀吉。このキャラクターも良い。もう、みるからにジャイアン。見事な子役さんです。悪ガキ軍団の中のまさにスネ夫的な坊ちゃんから「とても変な奴が来たんだよ」と聞き、原っぱでパンを咥えながら酒屋の小僧新公にもらった知恵の輪にふけっている啓二をみつけ、けんかを吹っかけて、パンと知恵の輪を奪い取ってしまいます。そんなことからはじまる悪ガキ軍団と兄弟との関係なのでしばらく喧嘩やいたずら合戦が続くのですが、この関係もその後、とてもよいのです。それにしても、大将への服従をあらわすあのおまじないよ(笑)
下駄ですよ下駄。下駄はああも使えるんだあ。長男良一と次男啓二。学校から帰ると外履きは下駄に履き替えます。ガキ大将軍団とのけんかのとき、さっと下駄を脱いで、これが武器になるんですねえ。下駄で戦う。これが強い。長男良一、強いんです。大人数のガキ大将軍団対兄弟二人。戦いぶりがかっこいいです。
……の手書きの張り紙を背中に張り付けられている小さな子がガキ大将軍団に1人登場します。これはですねえ、、笑いました。おそらく、その子のお母さんが書いて、背中に張り付けて外に遊びに出していると思われるのですが、そんなことするんだあと。そして、その子の背中の張り紙が何度も不意に画面に出てくるものですから、もう、これ、狙ってるでしょと、笑いました。早くお腹よくなるといいね。
兄弟が学校への登校時、かぶっている学帽にほいっと手弁当のつつみを頭の学帽の上に乗せるんです。これが、落ちない。へえ、こんなことするんだあと感心してみてしまいました。
何十回かなあ。何気ないシーンで、本当にタイミングよく背景で列車が通り過ぎるんです。一両編成の列車が。時には背景で列車がすれ違ったりもします。もう、本当にタイミング良すぎなのです。これ、1回目鑑賞後に読んだ書籍「小津安二郎大全」にこの列車のことが書かれていまして。「線路沿いに住む一家の話。作品には頻繁に列車が映るが、撮影助手だった原田雄春によると、列車が通過する時刻を研鑽して撮影していたという。」とのこと。これは、お見事です。
一家の愛犬エス。旧家からもエスの立派な犬小屋を新居に持ってきています。この愛犬エス。中盤、まさかあんな目に合おうとは。。このエス。本作での次男啓二役の子が実際に飼っている愛犬とのことで、なかなかの名演技でしたよ。
だれの父ちゃんが一番偉いのか。この探り合いから物語が動き始めます。「僕ンちのお父ちゃんのほうがずっと偉いぞ うちのお父ちゃんの様に歯入れたり取ったりできるかい」と入れ歯のお父ちゃんの様子を見せてその偉さをアピールするようなところから面白おかしく始まるのですが。これが、こういうとこ、よく描かれているよなあ。そして、兄弟は自身のお父ちゃんを自慢すべくみんなにお父ちゃんを紹介すのですが、、子供からはそう見えるかあ。。切ないシーンがはじまります。
劇中で、活動写真を会社の仲間とみるシーンがあります。社内の職員や出かけた先の風景を撮影したものですから、今でいうと仲間内のスナップ動画みたいなもの。その映像に、上野恩賜公園の西郷隆盛像と恩賜上野動物園の動物たちの様子が映し出されます。よく散歩に行く公園ですので、おぉっと見入ってしまいました。89年前の上野恩賜公園の映像ですよ。しびれました。ちなみに、映写機で上映している職員(役名無し、クレジット無し、台詞無し)が笠智衆さん。松竹キネマ撮影所の正社員として大部屋時代のお若い俳優 笠智衆さんが見られて歓喜。
いいですね。お父ちゃんと二人息子の関係。本作はここが物語の筋かなと思われます。しんみりと味わいました。
そしてですね、お母ちゃんですよ。このお母ちゃんが素晴らしい。このお母ちゃんがいるからこの家庭、もっているんじゃないかとさえ感じます。お裁縫シーンがよく出てきますが、縫い針を髪の毛の脂にすっとなじませてたんたんと縫っていくのですが、もう、板についていてかっこいいなあと。それになにより、お父ちゃんと息子たちの、とてもよい潤滑油てきな優しさ。もう、お母ちゃんが登場するとその所作、台詞(文字)に魅入りました。
誰のお父ちゃんが一番偉いのか。しんみりと見させられるシーンです。そして、終盤、坊ちゃんが兄弟たちに言うひとことが、痺れました。いいお坊ちゃんだよ。
終盤に登場するおにぎり。このシーンはですね。魅入りました。おにぎりですよ。おにぎり。
郊外に引っ越してきた一家。兄弟が近所の悪ガキにいじめられ、こっそり学校を休む。父は学校に行って偉くなりなさいと叱るが、二人は父が上司に媚びる姿を見て落胆、憤慨する。翌日、父に諭され、二人は学校へ向かう。
(引用元:書籍「小津安二郎大全」P.437-438)
見ている者にシーンのたびに感情を誘導させるようなBGMや歌、効果音、そして、台詞の音声さえもない無音で鑑賞した1時間30分。音や台詞を自分で想像しながら鑑賞するという映画体験。面白かったなあ。無音バージョンを3回観ましたので、次は、同作の活弁入りバージョンも観てみようかな。活弁士さん、この映画はアドリブのしがい満載の作品だろうなあ。
小津安二郎脚本・監督のサイレント映画「 大人の見る繪本 生れてはみたけれど 」。
おもしろかったです。